サライはいない 『ホテル・メランコリア』篠田真由美

某氏邸のかたづけを終えて玄関を開けたら、最近は自粛しているはずの、書籍小包が届いている。
K氏も、「またか」と思ったらしいが、なんとうれしいことに、篠田真由美さんの新刊だった。

ホテル・メランコリア

ホテル・メランコリア

洋館と古書に囲まれた、趣味満載の美しい写真と白い縁取りが端正な『ホテル・メランコリア』という作品だ。お礼をするにもまず読まなければと書を開くと、目次には、こちらの数寄心をくすぐる単語が並ぶ。
川崎に生まれ、遠く郊外とはいえ横浜市内で育った自分が遠くからあこがれていた港町が、さらに自分が育った昭和の後半という時代が、ここではもう、ノスタルジーという甘い世界で書かれているのにまず驚いた。横浜の小さなホテルを舞台にした、戦前戦後のエピソードを連ねた耽美な連作集である。
幼少期をそこで過ごしたある老女の回想を枠にして物語は始まるが、談話体で語られるそれぞれのエピソードは、調子が抑えられながら、横浜という街のある頃を生き生きと描いて無駄がない。
第二話「黄昏に捧ぐ」では、終戦後の混乱期の申し子のような、混血少年と育ての親の女性カメラマンのエピソードが語られる。彼の出生の秘密と、生来の美貌と相反する性格の歪みが、画家崩れの画廊主や不良外人など周辺の人々を巻き込み、巻き込まれ崩れ落ちてゆく様を描いた、佳品である。少年の形容に幾人ものギリシャ神話に登場する、はかなき美少年の名前は何人も挙げられるけれど、意図的にかもしれないが、『最後の晩餐』でレオナルドに霊感を与えたあの、手癖が悪く、嘘つきな少年の名は現れてこない。
九歳からレオナルドに付き、手を焼かせながらも生涯レオナルドが彼のもとから離さなかった、ジャコモ=サライを思わせる、「性悪の美少年」キチの波乱に満ちた短い生涯は、その最期を女性カメラマンの撮影した写真で残した。
自分の出生を踏みつけ傷つきながら、夕日を浴びたホテルをバックに点となって残った彼は、もう一人のサライとして、今二十一世紀によみがえったのである。