徒手空拳と鉄壁の構え

公民館や映画館の繋ぎで上映される『ミッキー・マウス』や『トムとジェリー』の「短編漫画映画」でアニメーションの楽しさに触れ、年に一,二回公開されるディズニイの長編や、『白蛇伝』1958以降の東映動画の作品で育った素天堂だった。
残念ながら、当然身過ぎ世過ぎも絡んで、そう頻繁に劇場公開に付き合いきれなくなっていたから『わんぱく王子の大蛇退治』1963以降の東映動画作品とも疎遠になっていた。
一端の動画ファンを気取っていたので、七十年代に入ってディズニイの作画に取り入れられた複写機能を使って、アニメーターの肉筆タッチを模した作風に嫌気がさし、東映動画も特撮ヒーローの添え物になってしまったのを苦々しく思いながら、TVで放映される『珍犬ハック』や『ヘッケルとジャッケル』などの、アメリカ制作のギャグ・アニメーションで、僅かに渇きを癒やしていた時代が続いた。
一部で話題になった国産長編動画もあったが、当時の自分と相容れなかったらしく、見向きもしなかった。そんな彼がフッと気になったのは、あの「シャーロック・ホームズシリーズ」が、アニメで、犬のキャラクターで、制作されたという事だった。しかも国内での評判は芳しくなく、劇場でパイロット版上映だけで終わるかもしれないという事だった。
銀座の外れに勤務する落第勤め人だった素天堂は、地の利を活かし、勤務の合間に書店周りや、映画館巡りを続けていたので、封切館の「銀座東映」の最終回の上映に滑り込むことができた。あとで全編TV放映されることになった、目的の犬版ホームズは期待以上の出来で、大喜びだった。しかし、続いて上映された長編『風の谷のナウシカ』は、全く気にも留めていなかっただけに、見終わったときの衝撃は凄まじく、後日、出入りの築地に本社のあった代理店に勤務するデザイナー氏と、銀座で小一時間に渉ってその凄さを語り合った位であった。
この傑作については、もう山ほど感想が残っているので語る事をしないが、その時に話題になったのが、作品のプロモーションの件だった。なんでこんなすごい作品を「オタク」で取らなかったのということだった。どうやらその経緯は制作会社がらみの問題だったらしいが、次作の『ラピュタ』は、案の条、某代理店が握る事になった。その時のデザイナー氏の反応は、苦笑いしながら、あの『ナウシカ』と作品の出来映えを比べても仕方ないね。というニュアンスだった。
これ以降、制作会社としての「スタジオジブリ」は、作品の質もちろんだが、巧妙な広告方針で大きく社会の眼を牽いてきた。いままで、「まんがえいが」など見向きもしなかった大人の世界に、強烈なプロモーション姿勢で、その地位を築いてきた。素天堂や某デザイナー氏のようなマニアのものだった「動画作品」を、映画として認めさせた功績は、もう四半世紀を超えて今も続いている。
なんで殊更こんなことを言いたくなったかというと、時々覗いている『仕事ハッケン伝』で、その実証を垣間見ることが出来たからである。ジブリ・プロデューサー鈴木敏夫という超一級のプロに、徒手空拳で挑み、最後の一言を闘いとったオリエンタルラジオ、アッちゃん中田敦彦にエールを送りたい。それにしても、ジブリ恐るべし、NHKまで新作プロモの道場に引き込むとは。