渋谷で、四谷で、無声映画三昧 ピアノ伴奏フルコース

ユーロスペース2で、K氏に誘われたロシア映画特集レフ・クレショフ傑作選『二人のブルディ』1929を、柳下美恵さんのピアノ伴奏付きでみてきました。
まったくなんの知識もなく、サーカスのピエロの話とだけ聞いていた。ストーリーはロシア革命のただ中に巻き込まれた、サーカスの花形、親子のピエロが引き起こす悲劇。物語としてはプロパガンダ含みのお約束なのだが、その映像演出が凄かった。数多く挿入される、サーカスシーンのアングルの的確で、取りこぼしのない美しさ。これはサーカスも見ることのできない地方への贈り物として欠かせないものだったのだろう。更に空中ブランコを使った息子の逃亡シーンは、ロシアのお家芸、サーカスと映画がひとつに結びついた瞬間でもあった。
それらのエピソードをつなぐ移動画面、カットバックの切れの良さ。白軍の侵入によって起こった革命委員会のメンバーたちへの迫害とそれに対する反抗のサスペンスの描写。床に散った薬莢を証拠に息子はとらえられ、銃殺刑に決定する。息子の解放を願って白軍の将校の前で繰り広げる、父ピエロの迫真の演技は鳥肌立つくらい凄まじい。物語だけが映画ではないとはいうけれど、一つ一つのエピソードを構成する演出の切れがいいので、飽きさせることがない。1929年という制作年代の通りサイレントが、自身の表現を最も高めた瞬間の作品のひとつだと思う。
柳下さんのピアノはいつもの通り、画面の状況を、的確に捉えた演奏で楽しかった。
上映が終わって、柳下さんの挨拶があり、その中で、すぐ次のスケジュールの案内があった。
それが「サイレント映画事始め@桜美林四谷シネマVol.1(次回予告)」だった。こんどは、新大陸に渡ってハリウッドを目指す。
久しぶりに降りた四谷は、美学校の頃とは全く様変わり、それどころか十年前には盛業中だった中華屋さんさえ無くなっていて、考えてみれば、会場の桜美林アカデミーも最近できたもののようだ。
地下に降りて会場を覗くと、高低差のある見やすい会場構成のホールだった。
今回は、はじめての試みで柳下美恵さんが、ピアノ伴奏以外に実際の講義をしてもらえるということだった。
第一回ということで、エジソンリュミエールによる映画の誕生から、メリエスによって、ヴォードビルの一分野として成長し、アメリカ、ハリウッドで完成する、スラップスティック映画までの概観が過不足なく充分に語られた前半であった。
ここで選ばれた見本が『キートンの探偵学入門 Sherlock Jr.』1924。
映写技師のキートンは、実は探偵が志望。今日も入門書『How to be a Detective』で勉強に余念がない。しかし、場末の映画館、雑用も多く掃除も仕事へ追い立てられたり、恋人への贈り物のキャンディを買ったり、いろいろあって本業仕事に戻って、映画の上映を始める。ところが、彼には妄想癖があって映写口から見ている上映中の画面に入り込んでしまう。途端に背景が次々に変わり、画面のなかでひどい目に遭うというとてつもないエピソードのあげく画面の外に放り出されてまた映写室に戻る。
映写中はすることもなくボーッとしていると、また、こんどはもう一人の自分が彼を抜け出し、さっき自分に賭けられた時計泥棒の疑いを晴らすために、犯人のあとをつけてゆく。ここからが、スラップスティックシュルレアリスム的なギャグの連発、二十分にわたって、貨物列車の屋根は飛び回る、給水塔の水は浴びる、警官のオートバイの前に乗ったと思ったら途中で、警官は落っこち、気が付かないまま信号のない交差点で行き交う車の中を横断したり、向かってくる汽車の直前の踏切を渡ったり、文字通り、息もつかせぬ演出が続けられる。信じられないエピソードが続き、悪人に掠われた恋人を救出するが、車が分解してボディだけが池に飛び込むという、スゴイことになる、落ち付いたキートンは、オープンカーの幌を起こし.ヨットの帆代わりで、池を進むが、結局二人は池に沈んでしまう。というところで眼が醒めるという落ち。上映中に恋人が疑いの晴れたキートンを訪れ、二人(キートンがか)はスクリーンの進行通りにラブシーンを決めて、The Endとなる。
ストーリーは、単純、どころか後で整理すると、破綻さえある。全てのアイデアがとにかくキートンの恐るべき身体能力を発揮させ、献身的な演技を楽しませるためだけにある。こちらもスラップスティック映画の頂点の作品。
ロシアの映像演出、アメリカのスラップスティックとスペクタクル、ドイツの表現主義、フランスの人情劇等々、様々な分野で無声映画という特別なジャンルで頂点を極めた映画作品は、さらに進んだ技術のなかでも、映画文法の基本として、後の映画に受け継がれてゆくのである。ということで、今回の講義は終了。柳下さんのお話は、はじめてとおっしゃる割には澱みもなく、適宜アクセントもつけながら全二時間を乗り切られておりました。お見事でした。と、ここまで書いて、「探偵術入門」大きな欠落を思いついたが、もうおそい、そのビリヤードと毒を飲ませる文字通りドタバタのシーンは、引用の現物で見てください。
実は家に帰ったらカンニングしようと思っていた小林信彦『世界の喜劇人』、きっとこのキートンの作品もギャグ分析が載ってているものとばっかり思い込んでいたら、当たり前だけれど、サイレント期の作品はほとんど採りあげられていないのだった。ここに書かれたようなとろい言い回しは却って作品の足を引っ張ってしまうかもと思いつつ、今回は“That's All Folks