夢想の書と遭遇

再び、高校時代の話。当日記で、何度も何度も名前を出している『夢の宇宙誌』を手にしてすぐ、同じ美術出版社から『迷宮としての世界』が出版された。1966年で、1900円。今なら一万円を超えるにちがいない高額な本だった。そのために、換金率も良いので、幾度か売ったり買い直したりがあった。にも書いたとおり、現在でも手元にあることはある。残念ながら、三島の推薦文の載った箱は当然付いていない。
美術史書としては、当時の高校生には難解であったが、モノクロながら多数の図版と完備した索引のお陰で、魅力的な書物の一冊であった。なかでも、その図版ページの冒頭にあった「凸面鏡の自画像」を始めとするパルミジャニーノの作品に心魅かれた。勿論、高価な洋書の画集を手に入れるすべも知らず、ましてや、当時やっと再評価の始まった〈マニエリスム〉の画集など、どこの洋書屋にもあろう筈がなかった。
そこで、当時使っていたノートに、憧れのパルミジャニーノの作品集を夢想していた。勿論それ以降も、決して多くないパルミジャニーノの関係書を集めてはいた。只残念なことに、自分の夢想を超えてくれる資料には巡り会うことなどできるはずがなかった。どこかに埋もれているノートはともかく、昨日、K氏と出かけた庭園美術館の帰りに立ち寄った、思いもかけぬ白金のBOで、その夢想の書を超える作品集と遭遇したのである。
堅牢な白い布装の箱に入ったそれには入るべきタイトルもなく、美術洋書の棚の中で只白い背を見せて立っているだけだった。無題の白い布装に興味を持って引っ張り出したところ、箱の裏表面に同じ作品が大きく張り込まれていた。あの、2003年七月ウィーンで対面した、可憐な「聖バルバラ」であった。なんと、扉を見ると『Parmigianino: The Paintings 』Mary Vaccaroなのである。他にも何冊か拾いもののできた今回の買い物だったが、思いがけない大物を釣り上げてしまったのだった。
取りあえず、店頭では精査もできないまま買って帰って調べたところ、意外なことが判明した。流布本は、それは、ハードカヴァーではあるけれど、紙のカヴァー装であって、貼り箱装ではない。どうも、異装本らしい。中扉にはTHIS EXCLUSIVE, NOT/FOR/SALE/EDITION WAS PUBLISHED BY UMBERTO ALLEMANDI & C. PUBLISHER OF TURINと出版表記がされているのだが、それに続いてIN THE YEAR 2002 for PARMALAT AND IS MADE UP OF 250 NUMBERD COPIESと書かれている。どこにも数字の記入はないのだが、 序文の末尾に、日本でもよく見かけるチーズ屋さんのシールが張り込まれている。どうやら、2003年の生誕500年記念を前に同社から出された限定本のようである。夢に見たパルミジャニーノの豪華版画集、半世紀ぶりの出会いであった。