虫本三冊

我が家では、小栗虫太郎、殊に「黒死館」関係書籍を、虫本と称している。大概は探そうと思って入手したものではなく、偶然中を見たら黒死館語彙が出てきて、びっくり、という場合が大半である。そんな中で、最近手に入ったものをごく一部の方にだけでもご紹介したいと思う。
「原始的民族の秘密講」H.ウェブスター 田崎仁義譯 大正四年 実業之世界社
この場合の講は、講義の意ではなく、原始的な結社をいう。何度も名前に惹かれてガッカリした、南洋諸民族の文化史だが、これは一級品だった。南方諸民族の通過儀礼とそれに伴う男子結社に関する研究書で、何しろダクダク結社の詳細な記述が各所に登場し、彼らの基本である、魔術的な結社について具体的な調査がされているのだ。残念ながら棕櫚糸時計の記述はなかった。
「東亰新繁昌記」服部誠一 大正十四年 聚芳閣
単純に表記を東京と読み違え、凡百のガイドブックだと思ったら大間違いだった。著者は「黒死館」命名の種本と称される「東京新誌」の発行者、服部撫松の本名で、編者三木愛花解説には作者の来歴とともに、当「東京新誌」の前後が書かれていた。この本は明治七年から九年に渉って書かれた漢文六冊の読み下し翻刻編纂本。今は見ること叶わぬ京橋(銀座)煉瓦石、築地異人館などの貴重な証言だ。
もう一冊は新しめ。
「大世界劇場 宮廷祝宴の時代」R.アレヴィン、K.ゼルツレ 円子修平訳 1985
祝宴プロデューサーとしての芸術家、とくにルネサンス期のヴァザルリを見たかったのだが、残念ながらそれはなかった。ところが、降矢木家創始のすぐせの母親、ビアンカの結婚式の詳細が語られていたのだ。ルネサンス宮廷の豪奢がよく書かれている。