幻の隣国 はだかの少女が乱舞する〈ピエール・ルイス〉の夢の国

roi pausol

『ポーゾール王の冒険』 ピエール・ルイス 中村真一郎(後半一部三輪秀彦)訳 世界大ロマン全集23 東京創元社1957

地図には載っていないかも知れないけれど、この国は〈何処にもない国〉ではないと作者はいう。桜の木の下でサクランボをつまみながら毎朝のんびりと王ご自身が評定をする国トリフェーム。美しい躰を覆うのは罪悪だというポーゾール王の信念で、この国の美しいものたちは首にまとったスカーフ以外をその身体につけるのをお許しにならなかったので、この国ではたくさんのはだかの少女たちを見ることができた。それは、きっと作者にとっては心のなかに実在する大切な国であったに違いない。

そんな平穏な国の王宮に起きた小さな事件は、ポーゾール王様を、王宮を離れなければならない(彼にとっての)大冒険へと駆りたてることになってしまう。王宮から最愛の息女アリーヌ姫が、消えてしまったのだ。お姫様は前夜鑑賞した舞台に登場した少年に一目惚れ、王宮から駆け落ちしてしまったのだ。その少年は、魔都パリでお芝居にデビューした、男装の美少女ミラベルなのだった。パリの夜での色模様に百戦錬磨の、その美少女と純真な恋知りそめた王女。麗しくも倒錯的なカップルの織りなす恋のアヴァンチュールは、脱力感たっぷりのユーモラスな逃走劇だ。

彼等の冒険が巻き起こす、かわいらしいエロティシズム満載のエピソードと、それを探索する王方の冒険がない交ぜになったこの作品のなかで、王宮の外の不慣れな王を補佐して縦横に活躍し、対抗する新教の牧師で四角四面、厳格な大宦官にして後宮の管理人!というタクシスをやりこめる、目端の利く利発で好色な小姓、ジリオ/ジグリオ/ジグリヨとたくさんの名前を持った少年こそピエール・ルイス理想のキャラクターだろう。

勿論、「楽しみは快楽よりは苦痛に近い」とか「悪徳という名の快楽と神秘という名の嘘」という、いかにもP.L.好みの箴言満載のこの作品では、彼等たちだけが主人公ではない。トリフェームの王宮を囲む、村や町の小さな世界に住む女性たちや、男達も、それぞれが個性を持ってこの話を彩っているのだから。

この作品を最後に、自からのエロスの世界へと入り込んでしまったP.L.唯一の、めくるめくエンターテイメントは、その詩的昇華で陶酔を呼ぶ『アフロディット』とは、まったく姿は変わっても、やはり、彼の望む夢の国のもう一つの形であった。